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Date 2011 ・ 12 ・ 26 おひさです。
ここまで放置していると、
逆にもういいんじゃないかな、という気さえしてきましたが、(←なにがだ) とりあえず今年ももう終わりそうなんで、 ひさしぶりにブログでも書いてみようとおもいます。 誰が読むとも知れんが、まあアレだ。自己満足的な何かだ。 というわけで弓道のおはなしです。 〜弓道初心者Sさんに聞いてみた〜 Q なぜ弓道をはじめようと思ったんですか? (1) 精神力と集中力を鍛えたかったから。 (2) 日本の伝統技芸に触れてみたかったから。 (3) 『花に染む』(くらもちふさこ)を読んで、ほのかな憧れを抱いたから。 (4) 有事の際、「お前らは先に行け。大丈夫だ…私にはコレ(弓)がある!(キリッ」とか言いたかったから。 (5) 有事の際、正確にリビングデッドの中枢神経を破壊したかったから。 (6) 新嘗祭で「これより先の我が望みすべてかなうなら、この矢よ当たれ!」と宣言して見事的中させ、 天皇以下周囲の者どもをゾ〜ッとさせてみたかったから。 (7) 弓道っ子に萌えた。 さあ、正解は何番! …まあぶっちゃけなんでもいいんですけどね。 勢いだよ勢い。 Twitterで「弓道はじめます」宣言してから、 とりあえず1カ月、毎週末初心者教室に通い、 その後、晴れて入門致しましたので、いまは、ゆるゆると続けています。 いまだに的前には立たせてもらえません。 もっぱら巻藁めがけて、びょんびょん打ってます。 ちなみに「弓道やることにした」と母に告げた時には、 「同じ『道』なら、なんで『華道』とか『茶道』じゃないの!」 と、電話口でまじで怒られました。 「いや…でもほら、いちおう小笠原流だし! 礼儀作法とか身につくらしいよ!」 と、しどろもどろに言い訳して、なんとか宥めましたが。 実際、礼儀作法なのかどうかは知らんが、 礼する時の角度とか目線とか座り方とか立ち上がり方とか、 そのへんは事細かに注意される。 どちらかというと「姿としての美しさ」にこだわるかんじだ。 (ちなみに目線は4メートル先がベストポジション。阿弥陀如来のような目が理想です) あと、敷居や畳のフチを踏んではいけない、というのは一応知識として知ってたけど、 「武家時代、床下に潜んだ侵入者が敷居や畳の隙間から刀を刺し込んだから」と説明されたときは ほーへーと思った。まさか危険回避のためだったとは。 (あれ、でも敷居は隙間とかなくね?) それから、これは弓道やろうと思ったきっかけの一つでもあるんだけど、 弓道って生涯スポーツと言われるだけあって、 80歳のおばあちゃんとかでも、現役で活躍できるらしいんですよね。 先日、師範クラスのえらい先生に初めてお会いしたのだが、 「みなさん、弓道は自分との闘いですからね。他人と比べようなんて思っちゃダメです。 なんなら、僕と競争しましょう。みなさんが10年続けられるかどうか。 僕はあと10年は続けるつもりですからね」 とハキハキした口調でおっしゃってて、背筋もぴんとしてて、 とても御齢84歳(!)とは思えなかった。 弓道の呼吸法とかのおかげなんだろうか。 (ここで大きく吸ってー吐いてーとか、細々と指導される。 ぶっちゃけ矢を構えるだけで精一杯なので、呼吸までかまっとれん) とにかく矍鑠(かくしゃく)としてらっしゃる。 そういや一緒に入門した人がヨガインストラクターらしいんだが、 弓道始めたきっかけも「ヨガと弓道は共通点が多いと人に聞いて」とか言ってたもんな。 まあ、そんでですね。この師範おじいちゃんの射がですね。 流れるような手つきで、たいへんかっこよかったんですよね。うふふ。(←じじコン炸裂) 残念ながらおじいちゃん師範は月イチとかしかいらっしゃらないんですけどね。 そんなときに、おじいちゃん師範の若かりし頃の映像が YouTubeにあると聞いては、そら検索せずにはいられんですよ。 そんで、眺めてニヤニヤ…… …… ちがうから。 そういう邪な気持ちとかじゃないから。 まあ、 とりあえず最近はそんなかんじです。 Date 2011 ・ 10 ・ 20 The Tree of Life
先日、伯母の葬儀がありまして。
伯母といっても、ほとんど会ったことないんですけど。 つか、なかったんですけど。 7年前の祖母の葬儀の時まで。 というのも、 亡くなった伯母は私の母の一番上の姉にあたる人なのだが、 諸事情あり、ほぼ親族とは絶縁状態だったからなのである。 なにしろうちの母ってば、 なんと7人兄弟の末っ子で、 しかも実家の歴史が、一体どこの昼ドラか!と言いたくなるほどカオスなんで、 まあ、そういう人もひとりくらいいるんだよ。 それでも、子どもの頃から、 母から伯母の話だけはよく聞いてたのである。 なんでも亡くなった伯母は、なんでも超ド級の美人だったそうで。 といっても田舎のことなんで、 そのへんは推して知るべしとは思ってるんですが、 まあ、とにかく美人伝説エピソードには事欠かない。 母の実家は料理旅館をやっていたので(つぶれたけど)、 その旅館のまわりだとか、学校だとかに 伯母を一目見ようとする男が何人もうろうろしていたとか、 母がボーイフレンドを家に連れて帰ったら、 実はこれまた、めあては伯母だったとか、 あとは、つい先日も母がたまたま同じ地元出身の人と会った時、 「○○高校に、すごい有名な美人がいてさー」という話になり、 それ、私の姉ですけど、という話になったとか。 つまり古き良き昭和の光景的な(笑)? ちなみに「芸能人にたとえると誰?」って聞いたら、 「グレース・ケリー」っつってた。(まさかの異人!) で、美人で性格もよければ万々歳なんだけど、 そこは世の中うまくいかないもので、 ものすごい「女王様気質」だったんだそうである。 とにかくまあエキセントリックで、 自分の思い通りにならないと気がすまず、 母の家族はそうとうな被害を被ったらしい。 伯父などは社会生命を断たれるとこだったらしい。(やばいぜ!) で、その後伯母は東京で結婚し、 それっきり家族とは縁を切っていたわけなんですが 7年前、祖母の葬儀の時に 私はそんな(いろんな意味で)語り草な伯母に初めて会ったのである。 はたして、 ぶっちゃけ「どこが美人!?」と思った! いやー、そらね。 田舎のこととはいえね。 みんな家族も知り合いも口をそろえて 「あんな美人は見たことがなかった」と言うくらいだし、 それなりに期待してたわけですよ。 だって、そんな語り草な美人、見たいじゃないですか。 しかし、だがしかし、 60歳超えてるとはいえ、もうちょっとこう、面影とかないんすか。 残念であった。 正直、非常に残念であった。 要するに 西洋風の派手な顔立ちの崩れ方(ひでえ)なんすよねー。 「いやー若い頃はホントに美人だったのよ? でも自分勝手を押し通してさんざん迷惑かけて、 そういう生き方してると、やっぱり顔に出るんだよ」 と話す母と、 美しさなんてはかないもんやで、 としみじみしたのを覚えております。 つか美人に生まれついたってだけで言いたい放題されて大変だな、伯母。 で、それから7年経って、 その伯母が突然亡くなって、 危篤の一報を受けた時、母がたまたま上京していたものだから、 急遽、横浜の病院にかけつけたわけです。 で、お通夜には私も出ることになって、 そこで初めて、二人のイトコに会いました。 初めて知りましたが、伯母には娘が二人いたのである。 で、突然お母さんを亡くして呆然としているところに、 うちの母が行ったわけで。 当然、初対面なわけで。 「誰?」てなもんですよね。 母は前日初めて会ったにもかかわらず、 呆然としている家族を横目にちゃきちゃきと葬儀の手配を進めたりしてたので、 お通夜の時には早くも 「ねー○○おばちゃん、これどうすればいいのー?」とか言われるくらい かなり仲良くなってたが(笑)。 なんだこれ(笑)。 母曰く、「次女の方が姉さん(伯母のことね)にちょっと似てる」とのことで、 長女の方も、また別のイトコのYちゃんに似ててかわいい人だったんだが、 確かに次女、キレイな人だった。 次女を見て、 もしかして伯母さんほんとに美人だったのかもしれん! と初めて思った。 で、なんかわりと歳も近いし、話しやすい人たちだったんで、 「(横浜と東京で)こんな近くにいたのに知らなかったんだねー」とか話した。 なんていうの。 なんだか仲良くなれそうなかんじ。 初対面なのに。 血が繋がってるってだけで、親しみを覚えるもんなのかしら。 ふしぎだ。 イトコは、伯母から家族のことは何も聞かされてなかったんだそうだ。 だから、親戚づきあいがないことも、 変だなあ変だなあと思っていて、 やはり伯母は変わらず破天荒な人だったらしく、 娘としてはずいぶん悩まされたとか。 「またいろいろ聞かせてください。私たち母から何も聞いてないんです」 と言っていたイトコに対し、後で母はこっそり 「実際、言えないことも結構あるんだよなあ」とちょっと困っていたが、 それでも話してあげなよ、と私は言ったのだった。 伯母のこととか、伯母の育った家のこととか、祖父や祖母のこととか。 そういうの、娘だったら知りたいでしょう? その昔、私が生まれる前のことだけど、 母の父、つまり私の祖父のお葬式は 「にぎやかなことが好きな人だったから」ということで、 祖父のしでかしたことのネタばらし合戦で お祭りみたいだったらしい。 その影響なのか、 なんだか親戚関係のお葬式は、 良いも悪いもごったまぜに故人の話をし、 すべて笑い話になっちゃうことが多い。 泣き笑いになったりもするけど。 ちなみに今回も伯父(泣き上戸)が泣いて、 「出たよ、〈泣きの○ちゃん〉!」とか突っ込まれていた。なんや。どこの現場や。 母の他の兄弟もやってきて、 伯母関連の騒動を知らんらしい、その家族や友人を前に、 微妙な会話を繰り広げていたりしていた。 いや、今回ばかりは知らん人を前にいろいろ言えないからさ(笑)。 伯母の知り合いが 「本当によく気のつく、いい人だった」と言うたびに、 母の兄弟は(え、嘘だろ?)という顔で、 「はあ……」と言い、 母の兄弟が「美人で有名な人だった」と言うたびに、 伯母の知り合いは(そうか?)と言う顔で、 「はあ……」とか言ってた。 その会話を思い出しながら、 「あれはおかしかったなー」とか言いながらあとで親戚みんなで笑った。 んで、ちょっと涙ぐんでた。 それぞれみんな後悔することも思い返すことも多いのだ。 昔、伯母と家族の間にあったことは、 当時はそらもうシャレにならんようなことだったと思うんだけど、 そういう「悲しい」「苦しい」「つらい」も、 時を経てまろやかな思い出やら笑い話に昇華されていくんだなあ、と思うと、 世の中捨てたもんじゃないぜ、とか、 人生って面白いじゃん、とか思うのである。 なんていうか、 こうやって家族の系譜ってできていくんだなあ、とか。 こういう家族の事情をこんなとこにぶっちゃけちゃうのもどうかとは思うが、 しかも、弔事にあるまじき軽薄さだが(笑)、 まあ自分の記録までっつーことでお許しあれ。 Date 2011 ・ 10 ・ 11 コメント欄に拒否られるDate 2011 ・ 10 ・ 05 教訓:いかなる場合でも偏見はよくない
先日、今夏の話題のドラマ『それでも、生きてゆく』を
ようやく見終わったんですけれども。 ![]() 放映時はね、見てなかったんですよ。 なんかもうとにかくタイトルが。 タイトルがね、 「いかにも」なかんじで、すごくイヤだったんで。 なんつーの。 なにその「、」みたいな。 あれか。市川拓司か。 いま、会いにゆくんか。ただ、君を愛してるんか。 ついでに世界の中心で、愛を叫ぶんかと。 (最後は拓司じゃないですけども。片山恭一ですけども) (個人的に小学館の文芸書はすきじゃないので、 上に挙げた本、ぜんぶ読んだことないです。すみません) でもまあ、そういう系のドラマかと思ってしまったわけですよ。てっきり! しかも、震災直後のタイミングでこのタイトル。 「あれだろ? おまえら今、こういうの観たいんだろ?」 …とか思ったんじゃないんですかー。 そういうのってよくないと思いまーす。 オトナって…オトナって汚い!!…とか、 偏見と潔癖に満ちた10代のごとき頑なさで思ってたんですよ。 もうアホでした。 あの頃ぼくらはアホでした。 とまあ、そういった幾多の(個人的な)偏見を乗り越えつつ、 ようやく鑑賞した『それでも、生きてゆく』(全11話)は、 たいへん、たいへんよいドラマでございました。 昨今、あまり見ないくらい、きちんと練られた脚本。 それを期待以上に見事に表現した役者陣の演技力。 丁寧で控えめながらも印象的な演出。 脚本・演技・演出と三拍子揃った奇跡的な作品でございました。 ポイントとしては、 やっぱり瑛太と満島ひかりの二人の芝居がよかった。 いやいやみんなよかったんですけどね! (大竹しのぶとか、風間俊介とか、安藤サクラとか!) やっぱりこの二人のやりとりが特に秀逸だった。 例えば第1話。 ファミレスで妹が殺された時のことを淡々と語る瑛太に対して、 満島ひかりが、(この時点で加害者の妹だということは瑛太に言ってないわけですが) 耐えきれずに、話を遮って言う。 ※記憶で書いてるのでちょっと曖昧。 「あの、なんなんすか? キツくないっすか? 普通、ご飯食べながら、そういう話とか、ないじゃないすか。 なんで普通にご飯食べられるんすか?」 「普通じゃないんで、妹、殺されるの」 初回のこの会話でやられた。 この「〜すか」ってしゃべり方も人によっては違和感あるのかもしれないけど、 個人的にはすごく効果的だったと思う。 二人の会話は基本「〜すか」とか「〜系」とか「私的には」とかってしゃべり方なのだが、 これって、ただイマドキの若者的しゃべり方を再現してるとかいうわけじゃなくて、 (それもあるのかもしれないけど) 自分を取り巻く現状や、抱いている感情が あまりに重すぎて、大きすぎて ある意味、突き放すように達観しながらでないと、 この15年間ずっと、生きてこられなかったからじゃないか、とか思うんですよ。 あと、二人の不器用さだとか、卑屈さだとか、 そういうの色々ひっくるめての、このしゃべり方だったんだろうな、と。 加えて、辛くて苦しい物語が展開してくドラマのなかに、 この脱力感ある会話が差し込まれることで、 一瞬ふっと笑って息がつけるんですよ。 被害者家族と加害者家族っていう 永久に相反する立場でありながら、 少しずつ互いを理解しようとしていく様が、 本当に微妙なセリフまわしやさりげない行動によって描かれていく。 解り合うことなんてないんだけど、 絶対にないんだけど。 それでも、少しずつ少しずつ相手を思いやっていき、 普通じゃありえないような出会いによって、 瑛太と満島ひかりは、 次第にお互いを支え合うような関係になっていくわけです。 そのうえでの最終回ですよ。 もう号泣オンパレードですよ。 「ずっと一緒にいたいです」と告げた瑛太に対して、 満島ひかりは別離を告げ、たいへん厳しい道を選択するわけなんですが、 最後に、まったく普通に出会ったカップルみたいに、 一度だけデートしよう、ってことになるんですよ。 それがもうせつなかった。せつなすぎた。 なんでそんなつらい道選ぶんだよー。 もうおまえらくっついちゃえばいいじゃん!と思いながらぐしぐし泣いてもうた。 これは反則ですわー。 瑛太がね。手を振らないんですよ。 さよならなんてどうしても言えないんですよ。 あとあの抱きしめかたね! あれ、演出の指導入ったんだろうか。 入ってなかったら、瑛太はこらもうすごい役者ですよ! いやーいい演技だった。 すばらしかった! あと、加害者の少年Aが、 最後まで解らない人物として描かれているのもよかった。 トラウマとかね、社会のせいとか、家庭のせいとか、 そういう安易なところに結論を作らないんですよ。 結局、人殺すような人間の心情なんて、理解できるわけないんすから。 かすかに糸口だけ覗かせて、でも依然として彼は闇の中にいる。うまい。 こういう不可解な人物像をよく風間俊介は演じたなあ、とも思う。 (やるよ、やりよるよ、ジャニーズは) 瑛太が切々と訴えても、 「わかったよ。自首しろってことだろ。いいよ、するよ。 ああ、腹減ったなあ。オムライス、まだかなあ」 とか、死んだような目であっけらかんと言う風間俊介。 それを聞いて瑛太は唖然として、オムライス食べながら大笑いするんですよね。 この笑いもねーすごかったー。 で、横でそれをみていた満島ひかりが、 警察署の前でついにぶち切れて、兄にドロップキックをかますんですよ。 そらもう、とんねるずの木梨憲武ばりの見事なドロップキックですよ。 小学生の頃、兄が逮捕されて、 「死んで償え」とか「一家心中しろ」とか そういう世間の非難に囲まれてこれまで生きてきたこととか、 色々フラッシュバックしながら、 兄をグーで殴るんですね。これもすごかった。 あと、大竹しのぶな。 もうこの人の演技力の高さは言わずもがなですよ。 恐ろしいくらいですよ。 もう色々細かく考察しすぎていくらでも書けそうな自分がうざいので、 このへんにしときますけども。 いやー泣いた。 ひさびさにドラマで泣いた。 ドラマで泣くとか、そうそうないんですけど。 これは来たわー。 あれかも。 ヘタしたら『金八先生』以来かも。 あれも風間俊介が出てた。 (風間俊介が出てた第5シリーズと、 上戸彩が出てた第6シリーズは神ドラマよ!) あの時、「やだこの子…うまいじゃない」とおもってて、 昔、深夜ドラマでやってた『アキハバラ@DEEP』で、 おお、こういうのもいけるのか、と思い、 今回のドラマで「確立したな、風間俊介!」と思った。(←誰だおまえ) つか、よく考えたら 『アキハバラ@DEEP』のキャストってすごいな。 ページ役は風間俊介で ボックスは生田斗真で、 アキラは小阪由佳(!)で、 タイコは星野源(最近私の周囲で大人気な!)、 ダルマなんかバナナマンの日村だし! つかそもそも敵役が北村一輝(しかもガンダムコス)! ドラマのクオリティとしては、 アキバおたくブームに乗っただけの安易な企画物で、 それにしても、もうちょっとなんとかならんかったんか、 と思うくらい残念な出来だったのだが、 なんか今思うと、これもある意味、奇跡的なドラマだなあ。 というわけで強引に話を戻してまとめますが、 『それでも、生きてゆく』は近年稀にみるすばらしいドラマなので、 皆さんなんらかの手段でぜひ観てください。 Date 2011 ・ 09 ・ 26 シンプルな結論
九月場所(千秋楽)。
結びの一番で、日馬富士コールが巻き起こる中、 (その前の取組で琴奨菊が負けちゃったから、 もし白鵬も負ければ、3敗で並んだ白鵬、琴奨菊、稀勢の里で 三つ巴優勝決定戦になる可能性があったのだ) 白鵬はじっと目を瞑って精神統一してた。 白鵬の周りだけ、まるで森の中の湖のように静寂でした。 うう。横綱って孤独。泣ける。 でもごめん、私もぶっちゃけ優勝決定戦はちょっと(いやかなり)観たかった。 どうでもいいが、近くにデヴィ夫人が座ってた。 向こう正面の一番前にはサイバラさんが高須クリニックと一緒に来てた。 途中退場の時すれちがった人は、なんかEXILE(の誰か)だった気がする。 いや、だからどうだっていうことでもないんですけど。 すみません。ミーハーなもので。 * * * 週末。 巷で話題の『困ってるひと』(ポプラ社)を読み終わり、 遅まきながら話題になっていたドラマ『それでも、生きてゆく』を 第7話まで一気見した。 じつに7時間以上PCに張り付くという 我ながら生産性のない休日に甘んじながら 「生きるって大変ナリ」 とコロ助っぽくおもった。 岡崎京子の未完作品集『森』を読み、 ミヒャエル・ハネケの最新作『白いリボン』をDVDで観た。 ハネケのおっさんの洗練された悪意の詰め合わせっぷりを ベトナム帰還兵のような敗北感で眺めつつ、 「人生なんて紙一重でござるよ」 と忍者ハットリくんみたいにおもった。 わかります。 藤子・F・不二雄ミュージアムに行けということですよね。 (ていうか会社的に強制だし) (なのに自腹)(なぜ) (優先的に予約がとれるわけでもない) (いかがなものか) |
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