No. 480 (Thu)
dayline

Date 2009 ・ 11 ・ 26

最近、自動ドアに認識されません。

なぜだ。
会社の自動ドアだけかと思ったら、コンビニとかでも同じ現象が起きる。
あわや顔面をガラスに激突、という場面に何度も遭遇するので、非常に危険である。

なぜだ。
やっぱり私が宇宙人だからか。そういうことか。

仕方なく、会社の場合は裏口から入ってみたり、うろうろしてみたりしてご機嫌をうかがっていたが、
要はセンサーに反応していただければいいわけなので、
手を上にかざして振ってみたり、2〜3秒その場にとどまれば、開けてくださることがわかった。
がしかし、次々となんの滞りもなく自動ドアを通過する人にしてみれば、
無言でセンサーをにらんで、じっと立ちすくんでいる私の姿は、
「なにアレ」レベルの変な光景だろうとおもう。

なぜわたしがこんなめにあわなければならないのか。
納得いかない。全然納得いかない。


 * * *

宇宙人といえば、
いまTVで流れてる「宇宙ちゃん」のCMがかわいくてしょうがない。

 わたしのあだ名は宇宙ちゃん♪
 いつかは会えるわ宇宙人
 だから私はこうして待つの

私、基本的に子どもは好きじゃないんだけど、
こういう子だったら養育したい。
「サンタクロースもほんとは宇宙人なんだよ」とか
「メイン・イン・ブラックに気をつけてね」とか適当なこと言って翻弄したい。

そして<宇宙ちゃんブログ>を開設し、
「今日も娘は宇宙人に会えなかったようだ。落ち込んでる。カワユス☆
 元気出せ、娘! 今日は宇宙ハンバーグだ!」
などという、これまた適当な経過観察日記をつけたい。

ちなみに公式サイトによると、宇宙ちゃんはすでに宇宙人と遭遇しているそうで、
ベッドの上にある「ぬいぐるみ」(CMに一瞬だけ登場、どうみても青いタコ)は、
その宇宙人をかたどったものらしい。
きっと母親の手作りにちがいない。いい夢みろよ宇宙ちゃん。

+Intel公式サイト+
http://www.intel.co.jp/jp/tomorrow/index.htm#/cm


 * * *

話はとぶが、
なんかすごいどうでもいい設定のマンガをついうっかり買ってしまったので、
いちおう紹介だけしておく。

テルマエ・ロマエ I (BEAM COMIX)テルマエ・ロマエ I (BEAM COMIX)
(2009/11/26)
ヤマザキマリ

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古代ローマのおちぶれ建築家ユリウスが、
現代日本にタイムスリップ(ただし風呂場限定)。
日本の素晴らしい風呂文化に感動したユリウスは、
以降ことあるごとに日本にタイムスリップ(しつこいようだが風呂場限定)して、その技術に触れ、
古代ローマにおける公衆浴場建築でめきめき頭角をあらわしはじめる!
どうなるユリウス! がんばれユリウス! とりあえず服着ろユリウス!

…というような、ゆるい話である。(どういう話だかさっぱりだな)

出オチ感ありまくりだな…と思っていたが、なんと第1巻である。
まだ続いてるらしいのである。
続くんか、風呂場ネタだけで!?と思ったが、
考えてみれば、まだバブルバスも出てないし、温泉にかかせない卓球も出ていない。
まだまだつっこむ隙はありそうだ。
やるな。やりおるな。


買ったといえば一緒にこんな本も買ってしまったんだけど。








めくらやなぎと眠る女めくらやなぎと眠る女
(2009/11/27)
村上春樹

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いやいやいやいやいやいやいや。

ちがうの。待って。誤解だって。



好きじゃない。好きじゃないんだって私! ほんとに!
つか収録されてる話も読んだことあるやつだし!
こういうボロい商売するから嫌なんだ!とか思うし!
(↑言えば言うほど怪しまれる、というパターン)

うう、なんだってこんなラブリーな装丁なのだ。
かわいいじゃないか、ちくしょう。

ジャケ買いである。
これは純然たるジャケ買いである。
ということを強く主張してこの話は終わることにする。
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No. 479 (Thu)
dayline

Date 2009 ・ 11 ・ 19

ざんねんなおしらせ

あ、そうそう、言い忘れてたんですけど
私いま鬱なんですよ。

なにをかくそう自己嫌悪のビッグウェーブが到来中でして、
もう私、ほーろーびーれーばーーー? くらいの心構えなんです。
自分の嫌なところ気持ち悪いところ馬鹿なところを一つ一つ数え上げて
きれいにリボンをかけてしまいこんでるとこなんですよ。

やっぱりあれですね。
もうリアルなとこぶっちゃけますけれども、
大人になれば人づきあいとかしゃべり方とか物事の考え方だとか
もっともっともっとうまく、余裕でできるはずだと思ってたんですけど、
歳をとればとるほど、できなくなっていくんですね。
ごめん私ちょっと自分を高く見積もりすぎてたわー。

いや、こんなすごいくだらんことで鬱々としていて申し訳ないんですけど、
そういう自分を捨て去ろう無視しよう見なかったことにしよう、とか念じていると
どんどん生きてることに対する現実味がなくなっていくんですよという事実だけは伝えておきたい。(誰にだ)

そらもう時間の経過すら曖昧になっていくんです。
あれ、いま時計5時になってるけど、ホントに5時なんかしら、
私の目が間違ってんじゃないかしら、あれそもそも約束って5時でしたっけ、みたいな。
それおかしいでしょ? 君それちょっとアタマおかしいよレベルでしょ?

もうホントにアホかと。
そして自分がいかにアホかということを露呈するような文章をネット上にさらし、
一体私は何がしたいのかと。あれか? マゾ的な何かか?
<友がみな我よりえらく見ゆる日>って誰の句だっけ。
なんかいいやもう。どうでもいいや。もう俺ハエでいいや。




だから私、ゾンビを観ようと思ったの。




・・・・・
はい。
逃げない。そこ逃げない。


「だから」の脈絡がまったく理解できなくても、
とりあえず飲みこんで。そういうものだってことで飲みこんで。ごくっと。


でもびっくりした。
ウチの近所のTSUTAYAってば、
「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」のオリジナル版が置いてないんですよ!
セルフ・リメイク版しかないってどういうことですか。
上書き? もしや上書き? だっておんなじロメロじゃん、みたいな。

あまりのことに

「『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』はMoMAにも所蔵されてるほどの(※)
 カルト・クラシックの名作なんですよ!?
 それをなんたる認識ですか。
 ロメロのゾンビ3部作はまとめて置いておいてくださいよ。
 そもそもおたくのお店のジャンル分類、細分化されすぎてて超見づらいんですよ。
 こんなんだったら探すのめんどくさいから、いっそ分けないでいただきたい。
 スプラッタで血のりがドバーとかスラッシャーでギャル男がギャーとか
 もう全部おんなじでいいじゃないすか。もうそれでいいじゃないですか。
 ちょっと! 責任者、呼んできて!!」

…とばかりに店側のスプラッタに対する良識を問いただすという妄想をしてみた。(←暗い)

(※他に「悪魔のいけにえ」とか超ド変態紳士監督ウォーターズの「ピンク・フラミンゴ」
  なんかも保管されてるらしいぞ。やるなMoMA!)

私はスプラッタもゾンビもスターシップ・トゥルーパーズも「OK! どんとこい」の人間だけど、
ちょっと弱ってる今の状態で、技術力にものを言わせたリアルなミンチは目に痛いし、
スプラッタは結構ハズレも多いから、こういう鬱な時は間違いのない古典を観たいわけ。
チープさあまってなんぼの初期ゾンビをほほえましく眺めたいわけ。

だからロメロのゾンビ3部作が見たかったのに
「死霊のえじき」は貸出中だし、
「ゾンビ」しかないし、
(「ゾンビ」は私DVD持ってるからもういいんだよ!)

ついでに他に見たいと思ってた「サスぺリア 2」も
「2」どころか「1」すら置いていない、という事実に徹底的に打ちのめされた結果、
(もうハリガネ地獄に落ちるがいい)

「アイ・アム・レジェンド」を借りて帰ることにしました。

アイ・アム・レジェンド 特別版 [DVD]アイ・アム・レジェンド 特別版 [DVD]
(2009/07/08)
ウィル・スミスアリーシー・ブラガ

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ああ、なんだよ結局お嬢さんゾンビかよ、という声が聞こえてきそうだ…。
すまん。こんな羽ばたけない私ですまん。

感想としては、

ウィル、腕を上げたなあ…ひとりぼっちはつらいよね、とか
ちょ、空気読め、アナ! ベーコン勝手に食うな! とか
ゾンビがかなりパンクでGOOD! ゾンビ犬最強説! とかなんですが、
とりあえず

ラストがあっけなさすぎ。

「こうして彼は伝説になった……完!」みたいなとってつけたようなエンディングが
これまでのテンションを一気にグダグダに。

そしたら、あとで発覚したんだけど、
この映画って「別エンディングバージョン」があるって話じゃないですか!
本来はこっちのはずだったのに劇場公開の直前に、製作会社の横槍ですげかえられたとか。
しかもあらすじ読んだ限りでは、そっちのがあきらかに面白い!
え、借りたDVDにはそんなもんなかったけど、Bプラン入りのDVDもあったわけ?

ついてない。どこまでもついてない。

しかしこうして日々ひがみネタを探して鬱病ることが
なかば趣味なのではないかと思う今日この頃。

  * * *

ところで、いきなり話変わるんだけど、
ようやく「THIS IS IT」を観に行ってきました。
Human Natureあたりから眼球に水分がたまりはじめ、
ぐっと我慢してたんですが、Man in the Mirrorでついに決壊。
私、この映像を映画館で見られてよかったよ。


すごく印象に残ったのが、バックダンサーたちや演出家が、ことあるごとに
「愛してるよ、マイケル」って言うところ。
マイケルもその度に「ぼくも」って応えるんだけど、
みんながそう言わずにいられない気持ちが、なんとなくわかるような気がした。

映画を観ていると、マイケルが他のメンバーに対してすごく気を遣って、
傷つけないように言葉を選んでいるのに気づく。

「怒ってるわけじゃないんだよ」

「君の音が悪いってことじゃないんだよ。愛なんだ」

他人が傷つくと、一緒に傷ついて悲しんでしまう種類の人間。
あまりに感受性が豊かで、完璧主義で、誰にも真似できない才能を持つがゆえに孤独な人間。
まるで「幸福な王子」みたいな人だとおもった。

そういう人を前にして、人は愛を捧げずにはいられなくなってしまうんだろう。

リハーサル中、マイケルがいつのまにか本気で歌い始めてしまったり
アドリブでソロダンスをはじめてしまったりしたとき、
まわりのダンサーもスタッフも、一瞬も見逃したくないというように
食い入るように、熱狂的に、一心に、目の前のマイケルだけを見つめていた。

「ここはまるでロックンロールの教会だな」と演出家がいう。

実に的を射た表現だ。
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No. 477 (Mon)
dayline

Date 2009 ・ 11 ・ 16

女の子はみんなかわいい

ひさびさにこんなにスカッとする映画を観た。
やっぱあんた最高だよ、タランティーノ!!!


いや、ごめん、「イングロリアス・バスターズ」はまだ見てない。
前作の「デス・プルーフ in グラインドハウス」の話です。

いやータラちゃんことタランティーノといえば、
高校時代の私のロックスターみたいなもんだったから、
もう神だったから、
崇拝の対象だったから、
「パルプ・フィクション」の冒頭なんか、かっこよすぎて死ぬ! とか思ってた!
かっこよすぎて死ぬんだよ? どうこれ? どう?
タイトルバックの出し方なんか泣きそうですよ。それくらい完璧なんですよ。

その後「Taxi」がオープニングでBGMをパクるという
恐れを知らん愚行を犯しますけれども、
もう謝れ。全国のパルフィクファンに泣いて謝れ。
つかベッソンはもう向いてないんだから脚本書くな。(←どさくさまぎれに批判)

あともう、いわずもがなだけど「レザボア・ドッグス」のかっこよさは異常。
タラちゃんの選曲のセンスのよさも異常。

がしかし、その後どんなに淀長さんが認めていようとも
「ジャッキーブラウン」あたりから、ちょっと私のテンションが下がり始め、
「キル・ビル」でだだ下がりしてしまったのでした。

やはりこの人はあんまお金と権力持っちゃいかんのじゃないか、
インディーズ、低予算を基本にやらんといかんのじゃないか、とかいう不審感がむくむくとわき始め、
「デス・プルーフ」が公開になったときも、
この「テンションだだ下がり感」が怖いがために観に行くのを避けていたのであります。

でも、仕事の関係者からは
「SWDさん、デス・プルーフは面白いよ〜観なよ〜」とか言われてたりしてたので、
いつかは観なきゃいかんなあ、と思ってはいたんだけど。

で、先週末です。
ようやく観たんですよ。DVDで。「デス・プルーフ」。

デス・プルーフ プレミアム・エディション [DVD]デス・プルーフ プレミアム・エディション [DVD]
(2008/02/22)
クエンティン・タランティーノヴァネッサ・フェルリト

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もうね。
もうね。
私はホントに馬鹿だったよ。
やっぱりタラちゃんは、私の愛したタラちゃんだったよ。


あらすじを説明しますと(長いよ)、

アメリカの片田舎で、ギャル3人組が別荘を目指してドライブをしてました。
露出しまくりで、男に酒をおごらせてハッパでラリってるような、いわゆるBitchというやつです。
で、別荘に行く前に立ち寄ったバーで、
3人はスタントマンを自称するオヤジと遭遇し、さらになりゆきでエロいダンスまで披露します。
で、わしら別荘行くからこれでバイバイと別れた後、オヤジが豹変。

そう、このオヤジこそは
デス・プルーフ(=耐死仕様)をほどこした愛車で、
ギャルを追い回した上で轢き殺すことに無上の悦びを感じるという
ド変態おやじだったのでした。

デス・プルーフとか言ってるくせに、自分もけっこうな怪我を負ったりするんですけどね。
それも含めて楽しいんだろうよ。なぜなら変態だから。

で、まんまと前述のギャルを轢き殺したオヤジ、通称スタントマン・マイクは、
怪我がなおったところで、また新たなターゲットに目をつけます。
今度のギャルは前述の3人組のようなBitchっぽさはあんまないんですが、
スタントマン・マイクにとってはそんなこと関係ありません。
いい気になってる女はみんなBitchでいいんです。なぜなら変態だから。

で、スタントマン・マイクはその新たなターゲットを追い回すんですが、
すんでのところでマイクの車がスピンし、女の子たちは九死に一生を得ます。
なにがなんだか分からないまま恐怖で泣いている女の子たちに向かって、
なんとマイクはこんな捨てゼリフを吐きやがります。

「お前ら最高だったぜ! 楽しませてもらったよ、またな!」

もうブチ切れですよ。

「あいつ許せなくない?!!」 「 叩 き の め す よ !! 」
完全に情け容赦というものを捨て去った女たちは、ノリノリで逆にオヤジを追い回しはじめます。
めっちゃ楽しそうです。もうこいつら最高です。

で、追い詰められまくったあげくに
オヤジが「ごめんなさああ〜い、もうしません〜〜」と泣いて謝ってTHE END。


なんというすがすがしいエンディング…!!


タラちゃん、あんたすげえよ。天才だよ。
なにこの涙。テンション上がりすぎて涙出た。つか感動した!!!

いや、あらすじだけじゃ、なんでそこまでってかんじだろうけど、
ほんとに素晴らしい映画だったんです。

これはスラッシャー映画に限った話ではないんだが、
男を手玉にとってきゃぴきゃぴした女はみんなBitchだから殺されて当然、みたいな、
そんなハリウッドの常識というか、社会通念みたいなものが、この世の中あるような気がするんですよ。
なんていうんですか、
「痴漢されたくなかったら、そんな短いスカートはかなきゃいいいだろ!」
みたいな、そういう身勝手な、男根主義的な(学生っぽい単語だ)考え方が。

だから映画も、前半で登場するギャルは、まさにそういう典型的な描かれ方をするわけです。
でも実際、そんなことがまかり通っているのを見るとむかつくわけですよ。
殺されて当然なのは、そういう女の子に対して、
性欲処理的な意味で猟奇的殺人を繰り返すあの変態オヤジの方だろ! と。

だから後半の、より現代的な描かれ方をしている女の子たちが、
気持ちいいくらいに勇ましく、オヤジをぶちのめすシーンは、痛快の一言につきます。
むしろかわいいんです。「ひゃっほう☆」ってかんじでオヤジを鉄パイプで殴ります。

いや、でもたぶんタラちゃんはそんなことまったく考えてないんだろうけどね。

例えばそういうハリウッド映画界の安易な生死の扱われ方に対し、
ミヒャエル・ハネケっておっさん(実はカンヌの常連)は、
「俺が本当のホラーってやつを見せてやるわぁぁぁぁ!」
とばかりにブチ切れて、超ドS級に救いのない「ファニー・ゲーム」って映画を作るんですけど、
タラちゃんの場合は、まったくそういうんじゃない。

たぶん、8頭身娘のかかと落としが見たかっただけなんだとおもう。
そして前半の女の子についても、
エロいダンスをさせてみたかっただけだし、
だらだらおしゃべりさせてみたかっただけなんだとおもう。
ついでに、古いアメ車でカーチェイスしてみたかっただけなんだとおもう。

でもそれでいいんですよ、それで!
それでこそタラちゃんだもの!!
盲目的なB級映画オタク!
誰がなんといおうと関係ない、俺が観たいから作るんだ! のタラちゃんだもの!!

いやーもう、こうなったら、
ますます「イングロリアス・バスターズ」への期待が高まりますよね!

しかしそうなると、やはり「ホステル」も観るべきなのか…。
タラちゃん、監督じゃなくて製作だけど。
あれ、トラウマになるくらい、えげつないっていうしなあ…。
つか拷問系はちょっとなあ…。嘘っぽいグロならOKなんだけどなあ…。

あ、「デス・プルーフ」はグロ映画じゃないけど、
ちょびっとスプラッタなシーンもあるから、苦手な人は回避してくださいね。
「セブン」「羊たちの沈黙」レベルがOKな人なら大丈夫。

ちなみに、どうでもいいことかもしれんが、変態オヤジ役はカート・ラッセルです。
この人、意外にマニア好みのとこにいるよね。
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No. 475 (Tue)
dayline

Date 2009 ・ 11 ・ 10

Mr. White

Hey, Guys!!
I have some FUCKIN' GOOD News for you, today!!!


白戸家の新家族に“タラちゃん”が仲間入り
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091109-00000030-oric-ent


相変わらず出たがりだな、タランティーノ!

やはりブラピが仲介したんだろうか。
どうせだったら放送禁止用語とか連呼しちゃって
お茶の間をドン引かせてくれ、タラ!!
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No. 474 (Mon)
dayline

Date 2009 ・ 11 ・ 09

だいじょうぶマイフレンド

週末の雑記。


川上弘美の『真鶴』を読んだ。

真鶴 (文春文庫)真鶴 (文春文庫)
(2009/10/09)
川上 弘美

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個人的には、この人が書く書評だけはどうにも受け入れがたい。
あまりに<あるようなないような>文章を書くので、
本の評論というよりも川上弘美の内面世界を連綿とつづられているようであり、
感性か。感性の生き物なんかおのれは! とかなりイラっとさせられる。

あと、やたらと「ひらがな」を多用するところもちょっと嫌だ。

 とししたのひとだった。

とか書かれると、

 今日ゎまぢムカついた→o(*`ε´*)o

とかいう文章を目にした時とおなじくらいゾワッとする。


そんなこんな書いていると、川上弘美批判かと思われそうなんですが、
小説はわりと好きだったりします。
いや、ホントですってば。


『真鶴』は夫の失踪、という憂き目にあった女性が
霊ともなんとも得体のしれない女に導かれて、
家と真鶴、すなわち現と幻とを行き来する話である。

組み立てがとてもはっきりした物語なので、
構造的な分析はどっかの誰かに任せておくことにして、
ものすごく俗物的なかんじで思うところを言わせてもらおうとおもう。

『真鶴』には失踪した夫と、失踪している間主人公が付き合っている愛人、
という2人の男が出てくるのだが、
最終的に、主人公は夫と愛人の2人の男のどちらとも決別して、
大地に根を下ろすように、母と娘の待つ女3代の家へ回帰していくことになる。

まずこの男2人なんですけどね。

そもそも私は、
「女の手に、くびられるほど、俺は儚くないよ」とか言う男(←夫)はどうにも好かん!
「くびられる」「儚い」って、なんすかその見事なまでに過剰演出な言葉の選択は!
実生活で言われたら、どんなにシリアスな場面であろうと爆笑してしまうかもしれん。
ついでに浮気したことを責められてぼんやりする男もめんどくさくて嫌だ!
子まで成しておいてその責任能力のなさはないわー。
つか近所のスーパーで逢引するそのうっかりさ加減もないわー。

そして
別れ話をした後、タクシーの代金を支払って先に降りていくとこまではいいが、
その領収書をきっちりもらっていく男(←愛人)に至っては、いかがなものか!
愛人は編集者らしいのだが(しかも既婚)、
こいつはきっと、打合せと称して逢瀬のためのホテル代とかも経費で落としているに違いない。
そう思うと、みみっちさに涙が出そうである。

よかったなあ、京(主人公ね)、解放されて。

しかしこれはわざとなのか川上弘美。
そういうしょうもない男だということをひそかに暗示するためのトラップなのか。
だいたいそういう男に惚れる京って女も、大概にしろよ、というくらいの自己陶酔っぷりなんだが、
最後に、夫と若い恋人がよろしくやっている幻影を見せられながら、
「なんだかつまらない」と感じるに至る。
ようやく溜飲がさがった。よくやった、京!

要は、つまらん男に翻弄されて、私ってカワイソウとか浸ってるヒマがあったら
はやく現実に目覚めろと。そういう話ですよね!! (え、ちがう?)

失踪の原因はといえば、蓋を開けてみれば、案外よくある話なんだけど、
そこは川上弘美なので、なにやら霊的なものが出てきてちょっかいをかけたりして、
主人公が悶々とする様が、じんわり、ねっとり、不気味に描かれている。
いいよね、このねちっこさ。

そして、ここで「ひらがな」の多用ですよ。
これが非常に計算されていて、実に効果的なのである。
こう、女の一番いやーなところを押し付けられるかんじが。
川上弘美は自分の描きたい世界を、的確に見せるスタイルをよくわかっているとおもう。


わたしは、そんな彼女のきもちわるさが、すき。

・・・・・
(↑ほら、今ちょっとゾワっと来なかった? ゾワっと)


どうでもいいが、文庫本のあとがきで三浦雅史が
「夫の失踪によって乖離性人格障害に陥り、幻視・幻聴になやまされたヒロインが立ち直るまでの話」
と書いていた。すがすがしいまでに身も蓋もないよ、三浦!


ちなみに夫の失踪というテーマでいったら、
豊田徹也の「アンダーカレント」という漫画が私は好きだ。
これは傑作なので、是非いろんな人に読んでいただきたい。

アンダーカレント  アフタヌーンKCDXアンダーカレント アフタヌーンKCDX
(2005/11/22)
豊田 徹也

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豊田徹也の著作はこれ一冊っきりで、
ずいぶん長く新作が出なかったのだが、
12月に新作が出るんだってさ、yes!


 * * *

ジュリエット・グレコのラストコンサートに行ってきた。

詩人の魂〜ベスト・オブ・ジュリエット・グレコ詩人の魂〜ベスト・オブ・ジュリエット・グレコ
(2000/07/26)
ジュリエット・グレコ

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行く予定もなかったんだけど、
偶然公演のことを知ってダメもとで行ったら当日券がとれたので。

もう80歳くらいになるんだそうだ。
歌うというより、詩の朗読に近いかもしれない。
声はまだまだ現役。素晴らしい表現力と迫力。

ジュリエット・グレコって、
実存主義! とかレジスタンス! とかのイメージのせいで、
なんかすごいお堅い、怖いかんじの人を想像していたんだけど、
実際はすごくキュートでチャーミングな人だった。びっくりした。

彼女の歌を生で聴ける機会に立ち会えて本当によかった。
素晴らしいコンサートでした。


 * * *


週末は、知り合いの葬儀なんかがあったりして、
なんだか妙に頭の中が騒がしかった。

人って死んじゃうんだよなあ、とか馬鹿みたいに当たり前なことをぼんやり考えてしまったり、
こんなこと考えるのも口に出すのもホントに嫌なんだけど、
自分の親が死んじゃったらどうしよう、とか考えて、すごく怖くて嫌な気分だった。

昔から、「私たちが死んだら、こういう対策をしてあるから、こうしなさい」ということを
両親から刷り込みのように言われていた(それは私がひとりっ子だからなんだけど)。
私としては、両親が死んでひとりになる、というようなことを
現実的に考えるようなことはしたくなかったから、ずっと耳を塞いできたのだけれど、
親とそう歳の違わない人が亡くなるような、そういう年齢になったんだな、と思った。

みんな、そういうこと乗り越えながら生きてんだよなあ。すごいことだ。
どうやって心の準備なんかできるのかな。
いや、そんなのできないんだろうけど。

人がひとりなくなるとその人をめぐる関係性もやがてなくなる。
そんなことない、って反論あるかもしれないけど、血のつながりでもないかぎり、
あるいは、よほど強固に意志をもたないかぎり、
それくらい人と人とのつながりは儚いもんなんじゃないか。

この考えを突っ込んでいくと、ニヒリストになってしまうので、
そこはあんまし考えないようにするけど。でもかなしい。

どうしてこう、自分の在りようが曖昧で頼りないんだろうか。
自分に自信があったら、大丈夫になれるんだろうか。
でも「不安や恐れはなくすことはできないが、今より軽減することはできる」と
スーザン・ソンタグがどっかで言ってたので、大丈夫になるための方法を考えようと思います。

つか大丈夫になんかなれんのか。
いや知らんけど。
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